日記らしいものを書いていないので、
最近のことを少しを書いてみようと思う。
ここのところ約30分間の瞑想を日課にしている。
「前世療法」などの著作で有名なブライアン・ワイス博士の
瞑想誘導CDをつかってやるのだが
うまくいくときといかないときがある。
単純に言えば、うまくいくときは集中できるし、
うまくいかないときは集中できない。
なぜ瞑想するにいたったかというと
もっと楽になりたいから。
楽になる、というのは安定した自分の精神状態を作りたいということ。
リラックスしたいということ。
不安、緊張、怒りなどすべてのネガティブな感情は
引き金になるものが何であれ
すべて自分自身が作り出している。
それは結局は怯えと自己保身の感情からくるのだが
つきつめれば「自分自身」という枠を持つ気持ちが
強すぎるからにほかならない。
いわゆる「自意識過剰」を治したいということ。
音楽を始めたことも自分では気づいていなかったけど
「自意識過剰」な自分を解放したかったのだと思う。
自分が求める音楽をするのにぜったいに必要なことが
「余分な力を抜く」ということである、ということがわかってきてから
それをテーマに試行錯誤しながらトレーニングしてきた。
僕にとって瞑想は「余分な力を抜く」ための
トレーニングのひとつということになります。
結局、余分な力が抜けた状態が「楽になる」ということで、
それは究極的にはいわゆる「忘我の境地」ということになる。
話を元に戻すと
瞑想に集中できない状態というのは
精神面では不安、緊張、怒りなどネガティブな状態を
コントロールできていない状態であり、
肉体面では、下半身が冷えている(頭寒足熱の逆)状態であり
呼吸は浅く、姿勢は猫背気味であったりする。
結局、何をやっていても集中力がないときはこうである。
瞑想しなくとも、経験的にも知識としても知ることはできる。
だが、瞑想することでそのことを
身をもってクリアに理解することができる。
美味しいものを料理するには
なにか美味しいものを味わわなければつくれないのと同じで
「余分な力を抜く」ことを身につけるには
余分な力を抜いた状態を身をもって知らないとできない。
それを知るために瞑想をしている。
子どもの時にはできていたことなので、
それを思い出すという作業でもある。
「自意識過剰」なあかんぼはいないのだから。
瞑想中の具体的なことについては次回。